今のぼく、そして過去のぼくのこと。


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牛腸茂雄

三鷹市美術ギャラリーで開催中の「牛腸茂雄展」を見る。

没後30年経った、日本のコンテンポラリーフォトの草分け的存在の写真家として、写真の歴史の時間には必ず登場する(ハズ)が、この人の作品について、感じた事を正確に言葉で表現することは、ボクには不可能なように思える。
なんだか解らないのだが、一度眼にすると、いつまでもその残像は頭の中から消えてなくならない。不思議な写真なのだ。

良く言われることだが、彼の場合幼少より重い病のために「20歳まで生きられれば吉」とまで医師に宣告され、身体的なハンディキャップも大きかった人生観が写真の世界の根底に流れているのだ、という言われている。

確かにボクなんかよりも、常に死の影を感じながら日々過ごしていたのだろうから、生と死という両極を意識せざるを得ない。しかし、彼の写真家としてのモチベーションはもっと違うところにあったのではないか、と思わせるくらいにポジティブなメッセージを画面から受け取った。

最後の作品といわれている「見慣れた街の中で」を見ていると、単純に平和だ。
世の中こんなに明るかったのか、というくらい平和な東京の風景、人々の往来が活写されていた。牛腸の写真でこんなふうに感じたのははじめての経験でした。

彼の発表した作品としては珍しいカラー作品で、まずは目に飛び込んでくる東京の空の青さ。これだけ良く晴れた東京の空の下にいると自然に気分はポジティブな感情が芽生えて当然、といったくらい良く晴れている。待ち行く人々もとにかく表情が明るい、誰一人として「凶」とした顔つきのひとがいない。不思議なくらいいない。
死の影などまるで吹き飛ばすかのような清々しさは、このシリーズをおいて他にないような気にさえ感じた。しばしば登場する華やかなファッションに身を包んだ女性達や、街頭で精いっぱいの背伸びして自己主張する若者達の姿からは、カメラを手にする事で、牛腸自身が同じレベルで町の中に居ることを確かめている。
カメラを持つ事で彼自身が行き交う人々と同じように普通に平和な日々を送っていることを実感できる唯一の時としてフィルムに刻まれているように感じた。

牛腸茂雄作品集成
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by cheaptrip | 2004-10-17 12:50 | 写真